コーヒーの温度

無言よりマシか。



職場の廊下にある自動販売機で紙コップのコーヒーを購入していた。


毎回、少しづつではあるが、カップの外にはみ出て注がれる。


今回も例外なくはみ出て注がれている。


手にコーヒーつくじゃん、と毎回思っているのだが


少量のため「苦情」って感じでもない。


いつものようにコーヒーを取り出し口から出して、手に持って歩き始めたところ


どこからともなく電話の鳴る音が聞こえてた。


まわりには誰も見あたらない。


どうやら、誰かの携帯電話の呼び出し音じゃないようだ。


この廊下は職場の部屋とはドアで閉め切られている。


部屋の中の電話がここまで聞こえているとは考えにくいし


いままでここで電話が鳴っているのを聞いたことがない。


となると、どこからこの電話の音は鳴っているんだろうか。


疑問に思いながらも、ゆっくり歩き始めたとき、


自動販売機の横にある公衆電話が目に入った。





こ…、公衆電話?





一度見たあと見ないふりをしたが、二度見、三度見で公衆電話と目が合ってしまった。



公衆電話がおれを呼んでいる。



公衆電話がおれに一体何の用事だ?



公衆電話は脇目もふらずこちらを見続けている。



呼び出し音も鳴り続けている。



呼び出し音止まらないかな、と一瞬思ったが



めったにないチャンスだと思い、おそるおそる受話器を持ち上げた。






ガチャ







おれ:「も……もしもし?」






公衆:「もしもし、こちらは高級マンション販売の××××ですが………





おれ:「はい!?すいません聞き取れなかったのでもう一度いいですか?」





公衆:「もしもし、こちらは高級マンション販売の××××ですが………」





おれ:「………………」





おれ:「あの…、わたくし、公衆電話なんですが…





公衆:「………………」





公衆:「あ〜、なるほどなるほど、公衆電話さんでしたかぁ。失礼しました。またかけ直します





ガチャ、……ツーツーツー









ま、またかけなおすのか?




公衆電話にまたかけなおすのか?





余韻が収まらないまま、部屋に向かって歩きだしたそのときふたたび公衆電話の呼び出し音が鳴った。






ぐあ!かけ直してきやがった!




おそるおそる受話器を持ち上げた。








ガチャ







おれ:「も……もしもし?」






公衆:「もしもし、こちらは高級マンション販売の××××ですが………」





おれ:「はい!?」





公衆:「もしもし、こちらは高級マンション販売の××××ですが………」





おれ:「………………」





おれ:「あの…、わたくし公衆電話なんですが…」





公衆:「………………」





公衆:「あ〜、なるほどなるほど、公衆電話さんでしたかぁ。失礼しました。またかけ直します





ガチャ、……ツーツーツー







ま、またかけなおすのか?





公衆電話に三度かけなおすのか?






かけなおされないうちに、部屋に戻り座席に着いた。




余韻はすぐに消えていった。




コーヒーの温度がいつもより少し下がっていた。